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単元を貫く言語活動

TOSS主催による日本教育技術学会に行ってきました。

 

静岡に訪れるのは大学時代以来2回目です。あいにくの雨で、富士山を拝めず、残念。

 

学会(とTOSSの方々はおっしゃっていた)では、初めて肉眼で向山先生を見ることができたので、それだけで満足です。

 

向山型授業の素晴らしさを喧伝する内容が中心で、初めてTOSSのセミナーに参加した方々は面食らっただろうと思いました。

 

さて、分科会では国語に参加しました。もちろん、TOSSは「単元を貫く言語活動」に否定的。分科会の主張者の先生方の中には、「向山型分析批評こそが単元を貫く言語活動である!」と力説されている方がいらっしゃいました。ちなみにその方は、学校でも同じように主張をされているらしいのですが、学校現場でそのように発言する勇気はすごいなと思いました。ちょっとひいちゃうな、と意味においてです。

 

とはいえ、私も「単元を~」に反対です。「単元を~」は所詮、文科省の水戸部氏が言い出しただけのことです。たかだか1人か数人の言った内容で、日本の国語教育の流れが決まってしまうのは、少し恐ろしいことのように思います。ここまで流行しているのは、文科省という権力の傘をかぶっているからでしょうか。

 

ただし、最近とみに流行っている「並行読書」には賛成をしています。(「並行読書」は水戸部氏が文科省に入る前から存在していた学習方法なので、厳密に言うと、「単元を~」=「並行読書」ではありません。ですが、「並行読書」は「単元を~」によって喧伝された学習方法であるとも思います)

 

しかし、隣の席に座っていた方(愛知県からいらっしゃった先生、TOSS所属)は、並行読書に否定的でした。曰く、子供が興味をもっているわけでもない本を無理矢理与えても意味がない、教師の押しつけ、見栄だと。

 

私は全く逆の考え方をもっています。

 

並行読書の目的は、読書の範囲を広げることにあります。それは普段の読書活動では決して達成することができないことだと思います。

 

毎日の読書は、好きな本を読めばいいんです。図鑑でもいいと思います。ですが、並行読書をしているときだけはテーマに沿った本を読む。そうしなければ、いつまでも、図鑑が好きな子供は図鑑しか読まないでしょうし、反対にファンタジーものが好きな子供は図鑑に手を出すことはありません。それを解決するのが、強制的に読書の範囲を広げられる並行読書です。

 

見守るだけでは、子供は宮沢賢治や新見南吉を読みません。伝記や随筆も読みません。語彙を増やすことや格調高い日本語の美しさを知ることもないでしょう。読書の世界を広げるためには、「善意の強制」が必要ではないでしょうか。