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半藤一利『昭和史1926-1945』

旅に出るとき、横には必ず本があります。旅先の名所めぐりも楽しいのですが、行く先々のカフェやホテルで本を読むのが至高の時間です。

 

今回、お供した本は半藤一利『昭和史1926-1945』(平凡社ライブラリー)。数年前に1回読み、我が家のとてもおもしろかった本コーナーに入れておいた一冊です。

 

昭和というと、学校でも詳しく習わないまま、よくわからない暗いイメージだけがついている時代ではないでしょうか。しかし、半藤氏の本書は非常に分かりやすく昭和という時代を解説しています。

 

半藤氏は『昭和史』を2つに分けて本にされました。当然、1945年が境です。その前半を今回、読みました。

 

昭和史の前半を簡単に述べるのならば、「いかにして日本は戦争を始めたのか」です。

 

日本にはドイツのヒトラーやイタリアのムッソリーニにあたる独裁者はいませんでした。昭和天皇は「君臨すれども統治せず」でした。むしろ天皇は戦争反対論者でさえありました。にも関わらず、なぜ日本は世界を相手に戦争を始めたのか。

 

本書を読むと、いくつかの要因が浮かび上がります(私見ですが)。

 

・国際的孤立

・情報の軽視

・軍部の暴走と暴力

・国民的熱狂

・誇大な慢心

・異論を認めない空気の醸成と空気を打ち破る勇気の欠如

・決断力を持った指導者の不在

・客観的、論理的な思考、最悪の事態の想定ができる人材の徹底的排除

 

現在の日本に置き換えて考えたときに、変わっていないなと思えるのは「情報の軽視」。怖いなと思えるのは「異論を認めない空気の醸成」です。今と1940年代が似ているとは思いません。ですが、日本があれよあれよという間に戦争に突き進んでいったことを忘れてしまうわけにもいきません。もしも仮に、日本のどこかで外国による大規模なテロが起きたら日本はどうするでしょうか。非常事態だということで、自衛隊をその国に派遣するのか。中国がいきなり尖閣諸島を軍隊の力で実行支配しようとしたらどうするのか。

 

半藤氏は最後にこうも語っています。

 

よく「歴史に学べ」といわれます。(中略)ただしそれは、私たちが「それを正しく、きちんと学べば」、という条件のもとです。その意志がなければ、歴史はほとんど何も語ってくれません。"

 

歴史を読み、整理しまとめ、考えて、学んだことを実行に移す。ここまでして初めて「歴史に学ぶ」と言えるのではないでしょうか。そして果たして自分は「歴史に学んでいるのか」。

 

2015年最後の1冊は、暗くて重く、しかし「日本の明日へ必読の一冊」でした。

 

 

昭和史1926-1945 (平凡社ライブラリー)

昭和史1926-1945 (平凡社ライブラリー)