小学校教師クラメロンの日常

関西のみかんが有名な県に住んでいます。小学校教員。3.5.2.6.5異動1.4.特別支援学級.5.1という流れ。今年も生徒指導主任。

教員免許がいらない仕事はしない

ドクターXで、主人公が「医師免許がいらない仕事はしない!」ようなことを言っていました。

 

教員も同じだよなと思います。

 

「教員免許がいらない仕事はしない」

 

例えば校庭の草取り、朝の健康観察、放課後の消毒作業、プール管理、駐車場の設営や誘導、集金作業等々。枚挙に暇がありません。正直言って、保護者対応もどうなの?と思います。実際、海外では教員=授業をする人であり、保護者に対応するのは別の人が行います。掃除指導も給食指導も同じです。昼食休憩なんて0分が普通です。昼休みにケガが起こったら対応し、けんかが起こったら仲裁します。

 

しばしば日本型の教育の良さは「全人教育」であると言われます。しかしながら、「あれもこれも」の結果は教職の過労化です。また、「全て指導しなければいけない」という教師の変なプライドが、教師の子供への過度な締め付け(例:ブラック校則)を生んでいると思います。

 

教員免許がいらない仕事はしない。

 

そう強く言いたいと思います。

漢字を覚えるには多感覚で

「どうすれば子供が漢字を覚えられるようになりますか?」

しばしば聞かれる質問です。

 

教師編と保護者編があります。

 

今日は教師編から。

 

何が違うかというと、教師編は「教え方」に重きが置かれるのに対して、保護者側は「宿題の仕方」について説明するからです。

 

結論から述べると、「漢字は多感覚で学習しよう」です。

 

感覚とは、視覚や聴覚、触覚などのこと。一般に漢字を覚えるときは、見て、写して、何度も書いて覚えるケースが多いです。これは「視覚」と「触覚」を使います。

 

そこに例えば「聴覚」を使ってみましょう。

書き順を「1,2,3」と唱えたり、「上」という漢字ならば「縦横縦」、「花」という漢字ならば「サイヒ」(花を分解するとカタカナのサイヒになる)と言ってみたりしてはどうでしょうか。

 

ではこれで覚えるようになるかというと、そう簡単なわけではありません。

 

視覚で覚えるといっても、ただ見ているだけでは覚えられない場合があります。ですので、黒板に新出漢字を書くときに、部首ごと、パーツごとに色分けしてみたり、漢字足し算(例:タ+タ=?)に取り組ませたりすることも大切です。

 

また、清風堂書店『リズムでおぼえる漢字学習』(鈴木基久)という本が有効です。こちらを使えば、当該学年の漢字を、リズムよく読んで覚えられる効果があります。

 

最近では、ディスレクシアをもつ人向けの学習教材として「触るグリフ」というものもあります。

触るグリフ(サワルグリフ) - ディスレクシア(読み書き障害)の触読版学習|触るグリフ

 

他にも、手軽な方法で言えば、「空書き」といって、立ってその場で大きく指で書いてみる手もあります。こちらは身体全体の感覚を使って覚える方法としてよく知られていますね。

 

ややもすれば、漢字はドリルに書かせて終わりになりがちです。しかしながら、多くの感覚を使って、漢字を覚えさせることを意識してみてはどうでしょうか。

 

2年生の担任をするときに大切なことは何ですか?

勝手にQAシリーズ第2弾。

以前、タイトルのように若手に聞かれました。

 

次のように答えました。

「何と言っても九九だと思います。九九を全員がしっかりと覚えたら合格ではないでしょうか。ここで言う『しっかり』とは、上がり下がりで各段10秒以内、ランダムは15秒以内で言えることです。場面緘黙の子は除きますが。」

 

「九九を暗唱させるときのコツってありますか?」

 

「3つあります。これは私なりの考えですが…。

1つ目は、スタートを早めるということです。一般的に、かけ算の学習自体は秋からスタートします。教科書がそうなっているからです。しかしそれだと苦手な子供は、いまいち定着しないまま冬休みに入ります。下手をすれば冬休み後にインフルエンザで学級閉鎖です。その後も2月3月は忙しいです。

 

だから私は九九の暗唱を5月くらいから始めます。意味理解は秋にします。つまり覚えることと意味を理解することを分けて教えるのです。ただこれは学年で共通理解を図る必要があります。反対の意見もあるでしょう。

 

2つ目は、一の位をはっきりと言わせるということです。例えば6×4で24か27かで迷う子がいたとしましょう。一の位で迷うわけです。24か34かで迷う子は滅多にいません。つまり困るのは一の位が何か?ということです。ですので、九九の暗唱をさせるときは、一の位をはっきりと言うように指導するといいです。

 

3つ目は、4と7の言い方を意識させることです。

九九では4を「し」、7を「しち」と言います。決まった言い方が法律で決められているわけではないので、「よん」や「なな」と言ってもいいのですが、リズムが悪くなるので、はじめのうちは、一般的に言われている呼び方で暗唱をするのがいいでしょう。そのとき、「し」と「しち」でつっかえる子が結構います。他にも3×7を21か27かで迷う子が出てきます。ですので、4=「し」、7=「しち」とおさらいになりますがきちんと教えることが大事です。さらに、1から順番に10に向かって読むとき(昇順)は4を「し」、7を「しち」と言いますが、10から1に向かって読むとき(降順)のときは「よん」と「なな」になります。読み方が2種類あるから難しいわけです。

 

他にもありますが、まずはこのへんで。

どうすれば本を読む子供になりますか?

前回の続き。

 

そう問われたらどう答えるか。

 

「粗く分けて3つの方法があります。

 1つ目は本に出合う回数を増やすこと。

 2つ目は身近な大人が本を読むこと。

 3つ目は本を読んだらご褒美を用意すること」

 

1つ目について。

 

そもそも家に本が何冊あるのかという問題です。

 

10冊程度では問題外でしょう。子供が本を読むようになるには、100冊単位だと思います。一度に買いそろえるのは難しいと思うので、月に1冊ずつでも買ったらどうでしょうか。おすすめは福音館書店の「こどものとも」シリーズです。そんなに高くないのもポイントです。

 

あるいは毎週日曜日は図書館の日と決めて、連れていくのも効果的です。とにかく本に触れ合わせる回数を多くすることが大原則のひとつだと思います。

 

2つ目。身近な大人が本を読むこと。

 

以前、どこかで聞いた話を紹介します。調べたのですが見つからなかったので、間違っていたらすみません。しかしどこか確からしいと感じさせる話です。

 

アメリカの研究で、毎月1冊ずつ、ある地域の各家庭に本を送ったそうです。その家庭の子供の読書数は増えたのか。実はほとんど増えなかったそうです(上の1つ目と反対ですね)。では、子供が本を読む家庭と読まない家庭の違いは何だったのか?それは「身近な大人が本を読んでいるかどうか」だったようです。

 

子どもは親が言うことをするではなく、親がすることを真似するのですね。

 

3つ目。本を読んだらご褒美を用意すること。

 

ご褒美は別に物を用意せよというわけではありません。本を読んだら褒めてあげる。それで充分です。

中室牧子教授(慶応大)が以前、日経新聞に寄稿していた内容が興味深かったので、紹介します。

 

いわく、デンマークで小学生の親にパンフレットを配ったそうで。そのパンフレットには「子供の読み書きの正確さやスピードを褒めるのではなく、本を読むと言う行為そのものを褒めると良い」と書かれていたとのこと。

 

そのパンフレットを受け取ったグループは、受け取らなかったグループに比べてテストの偏差値が有意に上昇したとも書かれていました。

 

まとめますね。

 

まずは本に触れ合う機会を増やす。次に大人も本を読む。さらに読んだら褒める。

 

この3ステップを意識してみてはいかがでしょうか。

国語の読解力をつけるにはどうすればいいですか?

と、保護者の方によく聞かれます。

 

私は答えます。

 

「初読の文章に慣れましょう。」

 

怪訝な顔をする保護者。説明を続けます。

 

「小学校の国語のテストは正直言ってそんなに難しくありません。なぜなら何十回も音読し、何度も授業を受けた末の文章が出てくるからです。しかし本当の国語の読解力は違います。高校入試を考えてみると分かりやすいでしょう。初めて読む文章ではなかったですか。つまり初見の文章に出会ったときに、その内容の大体を把握することができる力、それを身につけさせたいですよね。」

 

「たしかにそうですね。」と保護者。

「しかし、そのためには具体的にどうすればいいのですか?たくさん本を読ませればよいのでしょうか?」

 

答えます。

「それも悪くはありません。しかし子供は好きな本しか読みません。もちろんそれでOKです。ですので私が提案するのは、学校から出るプリントを子供に読ませましょうということです。例えば学校便りや学年便り、保健便り、給食便り、私は学級通信も出していますが、そういったプリントを子供に読ませましょう。私の学級では、朝の会の時間に読む時間を設けています。その後感想を隣の席の子と言い合っています。ぜひ御家庭でも、子供に読ませて、子供に説明させてはどうですか。プリントをもらったら親に出すという流れを作ると、確かにトラブルは防げます。しかしながら、子供に読ませ、子供に説明させると初読の文章に慣れることができますよ。」

 

「なるほど、それはそうですね。やってみます。ところで、学校で出されるお便り以外に初読の文章に慣れる方法はあるのですか?例えば夏休みや冬休みは、そういったことができないので…。」

 

「それでしたら、小学生新聞がおすすめです。朝日、読売、毎日などの新聞社が出していますし、県の地方紙にも子供版が日曜日についてきています。それらを読ませてもいいでしょう。朝日と毎日は日刊紙、読売は毎週木曜日だけ届きます。ご家庭の事情に合わせて選んでも良いですね。まずは図書館で試しに読んでみてはいかがでしょうか。」

 

「分かりました。図書館で一回見てみます。ところで、さっき読書のことを言ったんですが、実は息子はあまり本を読まなくて…。どうすれば本を読むようになりますか?」

 

「それはですね…。」

 

次回に続く

結局お金を持ってくるしかない

先日、熊本市教育長の遠藤洋路氏の『みんなの「今」を幸せにする学校』を読みました。

 

氏は、よくある小中学校の校長→教育長という流れではなく、中央省庁出身の元役人です。さすがにお金の流れがよく分かっていらっしゃるし、読んでいて氏の頭の回転の速さが伝わってきました。

 

心情的には反対ですが、現実的にはそうせざるを得ないかなという点が1つ。それは「学校に福祉機能を備えるべき」という主張です。例えば、「福祉機能を備えた学校」が行き着く先は、貧困な家庭に食事のサービスをしたり、不登校の子供向けのフリースクール的教室を配備したりするということ(だと解釈しました)。

 

となると教員の仕事も、「授業をすること」や「学級経営をすること」ではなく、「援助を必要としている子供を見つけ出し、必要な援助をするor援助につなげること」になるのかなあと。

 

でも、それって教員志望の人はもっと減るんじゃないかな~と思いますね。

 

教員にしても、ただ子供と関わるのが好きなのではなく、「授業が楽しい」や「学級が成長していくのが面白い」という人もいるわけですし。そういった「熱意のある人」がこれからはどんどん減るのだと感じます。なぜなら、社会が必要としているのは「授業が楽しい」や「学級が成長していくのが面白い」と考えている教員ではなく、福祉機能を求める子供を助ける教員なのだから。

 

一方で、「まあ、それが社会の要請なのだとしたら、仕方ない。時代とともに仕事が変化するのは世の習いだよね・・・。」と考える教員が多数かなとも思います。しかし、「福祉機能を備えた学校」の最大の難点は、「そんなお金はどこから出てくるのですか?」ということ。

 

最近は「子供食堂」や「朝からやっている児童クラブ」が出てくるなど、行政のサポートが充実してきてはいますが、本気で子供の福祉機能の中心を学校に据えるなら、もっと学校or教育に予算をかけるしかないですね。今は学校の教員に仕事を任せすぎです。

 

例えば、私は生徒指導主任をしているのですが、今年度からなんと、ヤングケアラーの調査が始まりました。そんなの学校の教員の仕事じゃないだろ!!!と300回ぐらい思います。ドクターXではないですが、「教員免許のいらない仕事はしません」と言いたいものです。

 

閑話休題。遠藤氏の主張に対し、私のポジションは「仕方なしの賛成」というところ。しかしながら、「福祉機能を備えた学校」をつくりたいのならば、せめて教育予算は今の倍は欲しいよねと思います。防衛費も大切ですが。(本当、プーチンペロシも余計なことをするなあ)

情熱を持ち続けるってすごい!

最近、ベテランの先生って本当にすごいなと尊敬します。

 

ベテランといっても、管理職の方々ではなく(もちろん尊敬していますが)、50代~でもばりばり学級担任や授業をされている先生方を指します。

 

私はまだ採用されて7年目ですが、正直、もう疲れたなと感じてしまう日々です笑

 

「教師は年々楽になっていく仕事だよ。」

と昔、先輩の先生に言われました。しかし、校務分掌は重くなり、年々仕事量は増えている印象を受けます。上から○○教育は降りてきますし、子供たちや保護者の方々も多様化していて、「いや~、この先ずっとこの職は無理でしょ。」と思う日々です。

 

ですから、余計にベテランの方々はすごいなと感じてしまいます。

 

ベテランの先生たちも、今までの教師人生で辛かったことや、先が暗く感じられたことはあったはずです。それでも今も精一杯、仕事に励むことができていらっしゃるのだから、本当に尊敬します。

 

将棋の羽生善治さんが「情熱を持ち続けられるのが才能だ。」というようなことをおっしゃっていたように思います(細部は忘れた)。いや~、さすがに至言だな、と。

 

長期休暇ですので、明日の授業についてではなく、これからの仕事人生について考えてみています。むーん。