スイミーの授業を見て

国語でスイミーの授業を見ました。

最後の場面を劇化していました。

 

「あさのつめたい光の中を

 ひるのかがやく光の中を

 みんなはおよぎ

 大きな魚をおい出した。」

 

このシーンを、低学年の子供たちが楽しそうに演技している姿に見ている大人はにっこり。私もにっこり。ですが、少しだけ違和感を覚えました。

 

これ、「あさ」から「ひる」にかけてなんですよね。ものすごく時間が掛かっているのです。だから、劇化なんてできないのです。

 

いや、そもそも海の話だから、というつっこみは置いておきまして、この「時間が掛かっている」というところは、『スイミー』という話を読む上で意外と重要な点だと思います。

 

一般的に、『スイミー』の主題は「仲間と協力する大切さ」などと言われがちです。しかしスイミーたちの凄さはそんな簡単に言ってのけられるものではないことが、この最後の1文から分かります。

 

もちろん、それは「あさ」から「ひる」まで延々と泳ぎ続けた、赤い魚とスイミーのことです。

 

泳ぎの得意なスイミーはいざ知らず、他の赤い魚たちは普通の泳ぎのレベルのはずです。その普通レベルの魚たちが一糸乱れぬ隊形で、ずっとひたすら泳ぎ続けたのです。すさまじい協調精神。少し怖くなります。

 

仲間と協力すれば問題を解決できる!などという甘っちょろいことを『スイミー』という話は言っているのではなく、「協力し続けること」も大切だと言いたいのではないか。

 

低学年のにぎにぎしく笑顔あふれる劇を見ながら、細部まで読み込むことはやはり重要だなと思いました。