筑波大附小公開研(算数・田中博史先生の授業を参観して)

今年度で定年退職をされる田中博史先生の算数の授業を参観してきました。感想を書きます。


主発問(課題)は「赤の1、2倍が青。この逆は『青の0、8倍が赤』と言っていいの?」でした。赤と青というのは2本の棒グラフをイメージされるとわかりやすいです。片方が赤色、もう片方が青色。青色の方がわずかに長いわけです。

 

さて、今回の授業を参観する際に私はいくつかの観点を決めていました。
それらのうち2つについての感想を記します。

 

①授業の中心課題にどうつなげるか。

 これはあっという間でした。というのも、前時の最後に話題になっていたからです(見ていませんが)。そのため今日は昨日の続き・・・となっても子供の思考を阻害しなかったわけです。
 
 このことはなかなか面白いと思いました。私は社会科が専門です。社会科の場合は結構、単元を通した課題があったり、前の時間の学習のときに次の学習内容を子供が見通している場合があったりします。

 

 しかし算数の場合、単元を貫く課題はあまりないのではないでしょうか。むしろ前の時間とつながっていない場合も結構あるように思います。

 

 この日のような展開の良さはなんと言っても導入に時間をかけずにすむことです。たいていの授業の終末で時間がなくなるのは余計な導入をしているからと文科省の田村学視学官が仰っていました。その通りだと思います。算数の導入は結構時間がかかる場合があるので、こういう導入を算数でもやっていくべきだよねと思いました。

 

②本時の追究はどのように行われるか。

 

 漠然とした問いですが・・・。本時の問題をどう解決していくかということです。

 

 まず発言形態。ベースは挙手指名です。つぶやきもありますが、あまり田中先生は拾いませんでした。ときおりペアでの話し合いもありましたが、それほど多くないなという感じを受けます。何でもかでもペアというのは違うよねと最近思います。全体で確認をしたいときや発表の練習をしたいとき、意見をみんなが言いたくて仕方がないとき、などがペアの効果的な使い方でしょうか。

 

 さて、本時の課題を受け、田中先生は「昨日0、2の意味が全然違うということで終わった。まず、0、2の話を考えてみた?」と聞きます。このときに挙手したのは2人。片方に当てます。(今回は今までの田中先生の授業に比べて挙手している子供が少なかったように思う。その分、ときどき全員を立たせたり、手を挙げさせたりして全体を巻き込んでいかれていた。)

 

 するとその子は「(0、2の意味が)違う。」と言いました。続けて「どっちから見たかで変わっただけ。0、8と1はたとえば青が減ったり増えたりはしていないから1、2+1=1+0、8が=になっていない。」と答えます。なかなか鋭いことを言っているようですが、他の子供はぽかーん。

 

 ここから既に早速混乱が始まっていたように思います。田中先生は「どういうこと?」と尋ねます。次の子が「例えば~」とつなげて説明をします。しかし混乱が広がりました。

 

 途中、田中先生も苦笑い。ある子供が「1、2を分数にするとどうなるか?」と全体の子供に問いかけたとこときっかけに、流れは分数の話へ。分数の話の最中、ある子供が話す際に、田中先生は「全員手を挙げて。(説明が)分からなくなったら手をおろす。」と言いました。そうすることで、全員の分からない点はどこかを焦点化していました。この言い方がすごく勉強になりました。また、「全員起立、○○(子供の名前)が言ったことをノートに書くので分かったら座る。」と指示を出すことも。全員が参加するための手だてと言えましょう。 

 

 後半に黒板の図に書き込みをする子供が出て、解決に一気に向かい、授業終了。


 ただ、振り返ったとき、果たして何人が分かったと言えるか。私は心許ないなと感じました。割合の学習の難しさは具体的な操作活動が少ないせいもあり、抽象度が高いところにあると思います。この日の授業も同じです。赤と青の棒を1、2倍、0、8倍ではなく、例えば500円の1、2倍、0、8倍のように具体的数値を使った方が今回の場合はわかりやすいように思いました。赤を別の何か数字で置き換えるということなしに話し合ったからわかりにくかったのではないか、と。

 

 あとはやはり導入でしょうか。「(家で)考えてきた人?」という発問をなされましたが、結構リスキーですね。どんな意見が飛び出すか分かりませんので。導入はある程度そろえた方がすっきりと混乱なく進むと感じました。

 

 1時間の授業を参観しながら学ぶことは山ほどありました。上にもいくつか記した田中先生の言葉掛け、自分から黒板の前にたち説明を始める子供の姿、子供が関心を持っていないと感じたらすぐさま方針を捨てられたところなどなどです。

 

 しかしなんと言っても一番勉強になったのは子供の分からないにとことんまで付き合う、寄り添う」という教師の「在り方です。

 

 私の場合はどうしても正解へたどり着きたい思いが先行します。時間の問題はもちろんありますが、ここぞというときは、徹底的に子供の思考に付き合うことは必要だな、と。それが子供の声を聴くことですし、子供の学びとなるのだろうと思いました。田中先生の素晴らしさは深い教材理解や子供への対応力などだけでなく、むしろ教師としての「在り方」ではないかと考えます。

 

 あと、授業前に取り組んでいた割合カルタはとってもいいなと感じました。文渓堂さんのセミナーで私もやったことがあるのですが、割合の学習に最適ですね。

 

 その後、理科の佐々木先生の授業を参観しました。そちらはまた後日。

 

 他、備忘録的に心に残った言葉をまとめておきます。


・算数は人が最も臆病になる教科。
・他の教科(社会や国語)は現実を相手にしている。だからいろいろな答えもありうる。しかし算数の場合、5+4はどんな人に対しても9。
・形式は本人が便利だと思って使わないと意味がない。
・子供の発言を要約・解釈して教師が話してはならない。スピーカーの役目なら可。

 

 日本で授業がうまい人ランキングがあったとしたら、田中先生は間違いなく5本の指に入られるであろう方です。田中先生が定年退職されてしまうことは極めて残念ではありますが、これからも追い続けていきたいと思います。今回の授業も学びの宝庫でした。ありがとうございました。

理想的なサイクル

教師の仕事をする上で、理想的なサイクルは以下のようなものではないでしょうか。

 

セミナーの参加や読書、他の教師による授業の参観などの外的な刺激を通して、「学級経営や授業の理想のレベルが上がる」。

 

②自分の学級や授業を見つめる、振り返る。

 

③理想のレベルと自分の実態のギャップを知る。(たいていショックを受ける)

 

④どうすれば理想に近付けるのかを考え、試行錯誤する。

 

⑤理想のレベルに近付く。

 

⑥再び①に戻る。

 

自分も大したことはとても言えませんが、ありゃりゃと感じる学級経営をされる先生方は①がないように思います。本を読んだり、セミナーに参加したり、そこまでしなくとも同僚の先生方の授業を参観に行くこともあまり多くないのではないでしょうか。

 

すると、今の自分の現状を客観的に捉えることも難しくなります。そもそも理想像もイメージできないのかもしれません。

 

逆に優れた学級経営、授業をされる方は、この理想像がものすごく高いと思います。理想像が高いからこそ、それに向けて努力をし、結果優れた成果が生まれるのではないでしょうか。

 

常に過去最高の自分を更新したい。その思いを忘れず、今年も仕事に邁進していきます。

6年目にして初めて出合った感動

今日は3学期始業式。

 

感動したことがあります。

 

それは


子供たちの前に立つことがとても嬉しかったことです。


冬休みが終わってしまうという切なさもあったにはあったのですが、それを何もなかったかのようにさせてしまうほどでした。

 

子供の前で自然に笑顔になり、子供と冬休みの思い出を楽しく語らう。至福の時間でした。

 

教師という仕事はたくさん嫌なこともあるし、しんどいこともあるけれど、それでも教師という仕事はやはり素晴らしい、と。私も子供の底抜けの明るさに幸せを感じられるようになってきたのだなと感動したわけです。

 

「ショウほど素敵な商売はない」ではありませんが、「教師ほど素敵な商売はない」と思った瞬間でした。

 

講師経験を経て、正規採用になり3年。実は今日が本当の意味でのスタートだったのではないかと今、思っています。

授業公開の難しさ

「私は授業が好きだ。授業で勝負ができる教師になりたい。」

 

それが今の私の思いです。

 

授業力向上のための最も具体的かつ効果的な方法は、力のある人に授業を見て頂くことだと思います。

 

私は今、週に1回、授業を見て頂いています。御覧になるのは学年主任の先生のときもあれば、管理職の方々のときもあります。他学年の先生のときもあります。

 

これが相当難しいのです。

 

週に1回、授業を公開すること自体は簡単です。問題の1つは見て頂く人がいないということです。それぞれの先生方がそれぞれにお忙しいのです。

 

今年度の管理職の先生方は出張でいらっしゃらない日が非常に多いですし、他の先生方も空きコマなんてほとんどないのです。その中でピンポイントで「私の授業を見て頂けませんか?」とお願いするのはとても心苦しい。

 

さらに、このような「やってもやらなくてもいい活動」をするためには、普段の自分の分掌業務をきちんとしておく必要があります。そうしないと、「なぜやるべきことをやらずして、別のことばかりしているのだ!」ということになりかねません。

 

向山洋一氏が仰る黒帯六条件の1つである公開授業100回。これは授業を公開することだけではなく、その過程にある様々な障壁を乗り越える必要がある点もまた、高き峰のゆえんなのでしょう。

南惠介先生セミナーの学び

今日、千葉の教育サークル「スイッチオン」主催による南惠介先生のセミナーに行ってきました。

 

「スイッチオン」のセミナーには何度も参加をしています。毎回、上質なセミナーを運営してくださるサークルです。中心的なメンバーの方々のお人柄がまた素敵。遠く千葉のセミナーですが、年に2回ほど参加をしています。

 

さて、南先生と言えば岡山県の小学校の先生として活躍をされている方です。里山学級論を提唱されています。

 

今回のセミナーで一番の学びは何か。それは

「全体を見るマクロの目から 個を見るミクロの目へ」

です。

 

これまでの私は、圧倒的に前半の「全体を見るマクロの目」を意識した学級経営をしていました。そしてそれは今のところ、成功を収めています。

しかし、学校とはそもそも個を伸ばす場です。どんなに素晴らしい学級集団を築いても、最後は個人がどれだけ成長したかということに戻ると私は思います。

 

その視点が抜けていたな、と感じたのです。

 

全国の各種セミナーで、あるいは本で、対象にしているのは90%以上が「全体を見るマクロの目」についてです。

 

当たり前ですよね。一人一人について語るなんて、プライバシーの問題もあり、難しすぎますから。情報の共有ができないわけです。だから、どれだけセミナーに行き、本を読んでも、ミクロの目はなかなか身に付きません。

 

なぜこの言葉が私の琴線に触れたのかというと、まさに私の今の課題が個人の問題だからです。

 

例えば私のクラスにいる自己肯定感の低い子、忘れ物がどうしてもなくならない子、場面緘黙の子。

 

彼ら彼女らに私ができることを考えたとき、それは全体に対する一斉指導の改善ではないはずです。個人に対するアプローチの改善が正解でしょう。

 

そのためには何が必要か。それは南先生が仰っていた通り、

「子供を見ること」

に尽きると思います。

 

なぜその子はつまずくのか、どうすれば良いのか、どこを褒めればその子は意欲が湧くのか。全ては子供を見る目を鍛えることしかありません。

 

具体的に何をするか。

 

私は10月から、「毎日、全員を褒め、それを放課後に思い出す」という活動を行います。

思い出すためには意図的に行わなければなりません。そして褒めるためには全員を見る必要があります。

 

座席表も良いのですが、席替えをたびたびするので、名簿に書くのが良いでしょう。金先生のように、職員室に戻って来た5分くらいで書ききれるようになることが目標です。

 

頑張ります。

 

近所の運動会参観記

今日は近所のA小学校の運動会へ行ってきました。

 

本校の運動会とは異なる部分が多く、大変勉強になりました。以下、備忘録的に記します。

 

・教員の服装

本校は色まで全員統一のイラストで業者に発注(ポロシャツ)。A小学校は色別対抗を出すためか色ごとの服装。

 

・用具の位置

本校は本部テント横。しかしA小学校は用具器具庫の前で本部からはだいぶ離れたところ。出しやすさと片付けやすさを取ったのだろうが、本部が気付いた不測の事態に怖さを覚える。(ラインを引いていなかった!引かないと!など)

 

・音の聞こえにくさ

A小学校は音楽が被るとマイクの声が聞こえない。運動会前に確認が必須。逆に徒競走の間、「青組、頑張っています。」という実況ばかり聞こえて、音楽が全く聞こえず。

 

・組体操

本校は「人間起こし(トラストフォール)」が管理職の命により禁止に。A小学校では最後に行っていた。是非はともかく、やはり観客は歓声を上げていた。ただ、他の技の完成度はいまいち。秋運動会ならばもう少し。あと、ダンスのようなことを一部取り入れていたが、中途半端だった。やるならやる、やらないならやらない方がいいと思う。隊形移動は少なく、保護者としては見やすかっただろう。

 

・スローガンの掲示場所

本校は屋上から模造紙に書いたものをぶら下げていたが、A小学校では窓に貼っていた。私は圧倒的にA小学校の方が好み。理由は簡単だから。模造紙に書いて吊るすのは案外と大変。

 

・騎馬戦

本校は行っていない。A小学校でやっていた。そこまで危険性を感じなかったので、ありだと思う。

 

・リレー

本校は全員リレー、A小学校は選抜リレー。選抜が良い。徒競走をやるのだからリレーまではいらない。そこまで指導が回らない。

 

・昼食時間

本校は55分。A小学校は1時間20分。終わる時間はほぼ同じ。A小学校の場合、全員リレーがなかったことが良かったのだと思う。本校の55分は厳しい。特に我々教員がハード。昼休みの内にラインを引き直したり、用具を準備したりする必要がある。昼食を取っている暇などない。A小学校はその点、良かったのではないか。

 

・種目の順番

本校は徒競走なら徒競走がずっと続く。A小学校は徒競走の間に団体演技や団体競技がちょこまか入ってくる。メリットデメリットはよく分からない。どちらのタイプの学校にいたこともあるが、両方、対応は可能だった。

 

差し当たり、以上。

上手な授業よりも楽しい授業を

本日は勉強会でした。

 

今日の勉強会では模擬授業をしました。

 

互いに模擬授業をしあい、コメントをします。良いところも直したほうがいいところも伝えます。コメントをすることは相手を評価することでありながら、同時に相手から評価されることだなと思います。実力以上のことを分析することはできません。

 

参加された先生方の授業を見ていて思ったこと。

 

「どの先生方もお上手だな。」

 

ということです。発問・指示・説明、どれも淀みがありません。きっと子供相手でも問題なく進むことでしょう。

 

ですが、違和感を覚えました。それは、楽しくないということです。淡々と授業をしているのです。指示は的確、発問は端的、説明は簡潔明瞭。それはそれで素晴らしいのですが、子供に笑顔が生まれない授業でした。もっと言えば、そもそも教師が楽しそうでなかったのです。

 

私はそれじゃあいけないなーと思います。

多少授業が粗削りでも、教師が誰よりも授業を楽しむこと。にこにこしながら、明るい声で授業をすること。だから子供のテンションが上がり、笑顔が増えるのではないでしょうか。

 

先日読んだ本に次のように書かれていました。

「笑顔の効果5 記憶力が向上する。」(サンクチュアリ出版『学びを結果に変えるアウトプット大全』樺沢紫苑)

 

子供の学力を高めるためにも子供が笑顔になる必要があり、そのためにまずは教師が授業を楽しむこと。そこからスタートしたいなと思った壱日でした。