今年度のテーマは激励

毎年度、テーマを設定しています。

 

一昨年度は「意図」。意図的な指導を常に意識していました。

昨年度は「全員」。とにかく全員が参加する、全員が活動する、全員が発言する。徹底的に全員にこだわりました。

 

そして今年度は「激励」。

 

さて、4月の2週間を振り返り、「激励」がどの程度できていたか。

 

一口に「激励」といっても様々です。

広義では教師が笑顔でいることも「激励」のひとつでしょう。

「激励」と言っても、どの場面で「激励」をするのか。一人一人か?全体に対してか?授業中か?一筆箋でか?

そういったことを数値を入れながら目標に落とし込まねば、なんとなくぼんやりとしたテーマで終わってしまう気がしてなりません。

 

具体的な行為でしか子供たちの伸びはありえないでしょう。

 

そこで今年度は例えば以下のことを目指したり実践したいと思います。

 

・学期末の子供のアンケートで「先生はいつも笑顔で明るかった」の項目の達成度80%。

・「先生は私のことを認めてくれている」の項目の達成度100%。

・クラスの子供全員に毎日声を掛ける。

・1学期に一筆箋30通。年間100通。

・毎時間1回はクラス全体を褒める。

 

先生の通信簿という実践はよく知られています。

私はそれを今年度のテーマに正対したものにしたらよいのではないかと思います。

実践の良い振り返りになるでしょう。

 

さくらを見上げて

ことしも生きてさくらを見ています

ひとは生涯に何回ぐらいさくらをみるのかしら…

 

 

この一節で始まる、茨木のり子の詩「さくら」。

 

今となっては昨年度のクラスですが、私手作りの暗唱詩文集で、子供たちは暗唱に取り組んでいました。その詩文集の最後の詩に選んだのが、上の詩です。

 

街はいよいよ桜が満開。

 

そんな桜を見上げながら、つい口に出てくるのは、その詩でした。

 

私のクラスだった子の中には、私と同じように桜を見て、あの詩を思い返している子がいるかもしれません。

 

暗唱とは人生の応援歌だと言う人がいます。その通りです。ふと口をついて出る。そんな言葉に出会わせることも教師ならではの仕事だと思います。

 

さくらふぶきの下を  ふららと歩けば

一瞬  名僧のごとくにわかるのです…

 

まさに名詩。

まさに声に出して読みたい日本語です。

 

 

 

 

今年の3本柱

➀漢字5問テスト

②振り返りジャーナル

③学級通信

 

特別な行事(自然教室と運動会)以外の日、この3つの実践を毎日決して欠かさず行ってきました。

 

いわば今年度の学級の三本柱といっていいでしょう。

 

本当に毎日欠かさず行ったことは我ながらよくやったと思います。以下に反省を記します。

 

➀漢字5問テスト

朝の会に行いました。前日に学習した漢字が基本でした。私が不在の時は学習係が行うようなシステムになっていたのも良かったのでしょう。5問テストの漢字を使って対義語、類義語、同訓異字、同音異義語、和語・漢語・外来語など派生させ、その場でミニ授業をしたこともしばしばありました。語彙の増強に役立ちました。

 

ただ、来年度からは行いません。5問テストは意外と時間が掛かりました。やはり国語の授業の中でテストまで組み込みます。浮いた朝の会の時間は名句百選かるたか百人一首に使う予定です。

 

②振り返りジャーナル

最近、非常に人気のある実践である振り返りジャーナル。5分で10行。これが基本です。テーマ作文を課したこともありましたが、アバウトでした。それでも、毎日行い、毎日コメントを書いた点は悪くなかったと思います。書く力がついたかは微妙なところです。書く力というよりも書くことへの嫌悪感が減ったといったほうがいいでしょう。次年度も行いますが、テーマ作文の指導の改良をする予定です。振り返りジャーナルの目的を教師との交流だけで終わらせるのはもったいない。物事を多様に見る力や1つのテーマを分析的に捉える力を培うこともできるはずです。

 

③学級通信

毎日出しました。内容が多岐にわたっていた点が良かったと思います。基本は授業分析、他振り返りジャーナルや子供の俳句などの作品、行事の写真を掲載したり、私の個人的な思いを書いたりしたこともあります。保護者との交流ができなかった点は残念でしたが、そこは20代の若僧です。気後れしてしまいました。

 

書いたり読んだりすることを、私という人間は好んだ。それが分かった1年でした。どの実践も全くもって辛いと思ったことがありません。隣のクラスの主任先生が「よくやるなあ。」といつも仰っていましたが、私に合っていたのだと思います。ノーストレスでした。

 

とここまで書くと、私がすごく「頑張っている教師」のように思えるかもしれませんが、そうではないと思います。私のこの記事を読み、万が一「すごいなー」と思ったとしても、自分を卑下される必要はないと確信します。私は逆に、休み時間に全く子供と外で遊びませんでしたし、取り立てて宿題を丁寧に見ることもありませんでした。ティーチャーズティータイムと言って、昼休みは子供との会話もそこそこに職員室でお茶を飲んでいましたし。

 

人には向き不向きがあると思います。おそらくこれをお読みになっている先生には、私にない魅力がきっとあるはずです。一人一人の教師に合ったやり方で、クラスを創り、子供を伸ばしていけばよいのではないでしょうか。それがクラスの個性となると考えています。

 

ただし、大切なことは続けることだと思います。どの実践であっても、継続することでしか成果は表れないのではないでしょうか。

 

無論、私の各実践にも改良すべき点は山のようにあります。

 

今回の結果を分析・反省し、次年度以降に生かします。

 

教育にベストな方法はありません。ベターなやり方があるだけです。

 

これからも日々精進です。

終わりは始まり

漫画「ピアノの森」(一色まこと)で登場人物の一人が言います。

 

「今日は何かを達成したつもりでいたが、ここからが新たな挑戦だと思い知らされた。」

 

まさにその心境です。

 

2年ぶりの5年生担任。

 

今日は修了式でした。前回の5年生担任のときと比べて、大きな違いは何か。それは、前回の5年生よりも今年の方がはるかに力があるということです。音読や挨拶の声、手の挙げ方、書く量、書く内容、書き方、傾聴の力、行事のときの働きぶり、周りを見て動く力など様々です。さらに、クラス全体としてのトラブルの少なさや男女の仲の良さも今年の方が圧倒的でした。学力面では県主催の学力テストで県平均を10点上回り、学年断トツでした。・・・とここまで書けば素晴らしいクラスのように思えますが、今日、はっとしたことがありました。

 

それは、このクラスの子供たちは担任の私のことを、あまり好きではなかったということです。

 

子供から見れば私は一緒にいてしんどい教師だったことでしょう。

 

もちろん、子供に好きになってもらうために教師をやっているわけではありません。子供に力をつけるためです。その意味で言えば、今年の方が給料に見合った仕事をしていますね。

 

ですが、なんだかなあ、という寂しさも覚えたわけです。

 

端から見たらいいクラスでした。いえ、私も良いクラスだったと思います。子供達もそう思っていたでしょう。しかし、子供達が叱咤叱咤の痛みを感じながらの「良いクラス」であったとすれば、そこにどれだけ価値があるのでしょう。

 

本当にこれで良かったのかなあ、と。

 

良いクラスになったという達成感よりも、頭を占めるはやはり反省点です。

 

明日から春休み。自分のレベルを一段階上げる良い時間です。

 

筑波大附属小 公開研

本日、筑波大附属小の公開研に行ってきました。

 

参観したのは算数部、田中先生の授業。予想通り、満員でした。学びを箇条書きで記します。個人の学びですので、分かりにくいところが多々あると思います。すみません。

 

・隠して提示、というのはよくある導入の仕方だが、見えにくくするというのも良い手だと思う。

・子供のコメントは板書。基本は黄色で、重要なものは赤。

・1回巻き戻し。

・誰かが核心を突きそうな言葉を言ったら、すかさず「ストップ!」次いで、「~さんが言いたかったことはどんなこと?」と問い、挙手させる。

・その際に、挙手をしていない子を確認する。そして「~さん、まだ半分しか言っていないもんなあ。」と言ってあげるところに田中先生の優しさが感じられた。

・その後、再度核心を突いた発言をした子に言わせ、途中で「ストップ!」を掛ける。直後に「全員立って、隣の人と、~さんが言いたいことはこういうことだよなあと確認したら座ります。」と指示。ここまで丁寧に時間を掛ける。

・別の子に言わせて、またもストップ。「この続き、ノートに書いてごらん。」くどいぐらいに繰り返させる。

・ノートに書いたものを机間巡視で確認。「今、ノートに~と書いている人がいるんだけれど、どういうこと?説明してもらうよ。」

・「~さんのノートはみんなが書いているのとは違うことが書いてある。何だと思う?」

・徹底的に友達の発言や意見の内容を聞こう、考えようと仕向ける。

・教師が正解を解説しない。子供が子供の言葉で言う。

・当てられたら困る人?

・当てられたら困る、悩んでいる人は黒板の前へ。「立っている人、(説明できる人)ヒントをあげて。黒板の前にいる人が「あー」と言ってそっちに戻ったらいい。」

・今、大事な言葉があったんだけど、気付いた?

・人に話を聞いてほしい時は、反応を確かめながらの方が良い。

・教師が分からない子を演じる、

・不安な子を当てて「今、何が不安なの?」

・割合は分数でも表せる。

・対話とは、相手の状態や分からなさに合わせて自分が変わること。

・教師が一歩出ると、子供が一歩引く。

・割合の学習の8割以上は部分/全体。

・分からないことは普通であるということを伝える。

・誰かが発言したとき、教師は「~さん、どう思う?」と反射鏡の役目を果たす。

・教師は子供の発言を要約しない。

・分類しよう!ではなく、当たりクジを引こう!という導入の仕方の方がわくわくする。

 

以上。備忘録的な存在です。

スイミーの授業を見て

国語でスイミーの授業を見ました。

最後の場面を劇化していました。

 

「あさのつめたい光の中を

 ひるのかがやく光の中を

 みんなはおよぎ

 大きな魚をおい出した。」

 

このシーンを、低学年の子供たちが楽しそうに演技している姿に見ている大人はにっこり。私もにっこり。ですが、少しだけ違和感を覚えました。

 

これ、「あさ」から「ひる」にかけてなんですよね。ものすごく時間が掛かっているのです。だから、劇化なんてできないのです。

 

いや、そもそも海の話だから、というつっこみは置いておきまして、この「時間が掛かっている」というところは、『スイミー』という話を読む上で意外と重要な点だと思います。

 

一般的に、『スイミー』の主題は「仲間と協力する大切さ」などと言われがちです。しかしスイミーたちの凄さはそんな簡単に言ってのけられるものではないことが、この最後の1文から分かります。

 

もちろん、それは「あさ」から「ひる」まで延々と泳ぎ続けた、赤い魚とスイミーのことです。

 

泳ぎの得意なスイミーはいざ知らず、他の赤い魚たちは普通の泳ぎのレベルのはずです。その普通レベルの魚たちが一糸乱れぬ隊形で、ずっとひたすら泳ぎ続けたのです。すさまじい協調精神。少し怖くなります。

 

仲間と協力すれば問題を解決できる!などという甘っちょろいことを『スイミー』という話は言っているのではなく、「協力し続けること」も大切だと言いたいのではないか。

 

低学年のにぎにぎしく笑顔あふれる劇を見ながら、細部まで読み込むことはやはり重要だなと思いました。

 

 

今年の目標

仕事における目標は授業につきます。

 

良い授業をすること。私の中の良い授業の定義は次の2つ。

 

1つは本時のねらいを達成していること。もう1つはどの子も満足していること。

 

良い授業を繰り返すことで学力の保障をしていくことが、教師の仕事だと思います。

 

そこから考えた今年の目標の1つは「全授業のうち、本時のねらい達成率70%」です。

 

授業の前に本時のねらいをたてますよね。10時間、授業をしたとしたら、そのうち7時間は「ねらいを達成した授業だった!」と言えるようにしたいというわけです。

 

1年間に数回程度の研究授業で素晴らしい授業をするよりも、そこそこのレベルを保ちながら日常の授業を積み重ねていく。そちらの方がきっと、子供の力は高まると思うから、上記の目標にしました。70%なのは、80%は高すぎるような気がしたからです。あまり高すぎない目標を掲げるのがモットーなのです…。

 

さて、考えなければいけないことは次の点。

 

ねらいを達成したかどうかの判断はどうするのか。

 

これが結構、難しい。研究授業後の協議会でも、「本時のねらいは達成されたのか。」は曖昧なままな気がします。それよりも、「子供たちがたくさん発言していた。」「目が輝いていた。」などといった情緒的な協議になりがちです。しかしそれでは次につながりにくいと思います。

 

関心意欲はどうやって測るのか…という評価の問題にもつながります。

 

やはり、具体的な子供の姿を見取る場面の設定を作ることが必要かなと思います。

 

授業の中のこの瞬間で、~な姿をしていればねらいに達成したと言える!とあらかじめ考えておくことが大事でしょう。いわゆる、細分化と個別評定の原則ですね。

 

それを毎時間行い、自分でチェックし続ける。確かな授業力をつけるには、こうした修業じみたことも必要だと思います。

 

目標をクリアするための具体的な手段として、

➀ノートを1冊用意し、左のページにねらいを5時間ないし6時間分書く。

②右ページに達成できたかどうかと自己分析を書く。

③サークルに持っていく。

④ねらいには手段と授業終了時の具体的な子供の姿を書く。(達成できたか判断できるように)

⑤ねらいは、その日の勤務開始時刻までに書く。

以上を毎日、例外なく続ける。

補足

(⑥単元ごとの振り返りも行う。)

(⑦学級通信にも書く。)

これらはできたらやってみたい手段。