読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

子供の呼び方

教師のカラーが出るものの一つとして、子供の呼び方があるように思います。

 

「~さん」、「~君」、「~ちゃん」、あるいは、呼び捨て。私はお会いことがありませんが、あだ名の先生もいらっしゃるのでしょうか。

 

私は男子でも女子でも、子供は「~さん」と呼んでいます。「太郎さん」「花子さん」というようにです。「~ちゃん」と呼ぶのは私的な感じがして嫌で、呼び捨ても私に合っていません。男児に対して「~君」と呼ぶことは一時期していましたがやめました。「~さん」のほうが言いやすいからです。私はカ行を言うのが苦手で、「~くん」の「く」が厄介者なのです。そういうわけで、私はもっぱら子供を「~さん」と呼んでいます。

 

私の学校の校長先生は「~さん」派です。ときおり、人権に絡めて『子供は「~さん」と呼ぶのが望ましい』とおっしゃいます。

 

私は「別にどう呼んでもいいんじゃないの~?」派です。

 

自分は「~さん」と呼びますが、それは自分に合っているからです。それだけの理由です。人権うんぬんなんて考えていません。

 

教師になって、それも小学校教師になって切に感じることは、「子供を守りすぎ」ということです。私は子供を呼び捨てにしても良いと思います。中学や高校に行ったとき、あるいは社会に出たとき、呼び捨ては当たり前です。先日、テレビでとある高校の部活動のドキュメンタリーを見ました。先生は当然のごとく、子供を呼び捨てにし、見ているこちらが怖くて震えるような指導をしていました。それでも子供はついていっていました。なぜ小学校段階で、そうやたらに子供を守るのか分かりません。

 

「~さん」と呼ぶことで「先生は一人一人を大切にしているんだよ」というメッセージを与え、ひいては子供の自己肯定感を高めるためだという人もいるでしょう。しかし呼び捨てで呼ばれることで、距離が近いと感じる子供も中にはいるのではないでしょうか。私の小学校5,6年のときの担任の先生がそうでした。「~さん」という呼び方は子供にとって、教師と子供の間に壁を生むように思います。

 

教師が子供を呼び捨てにすると、子供同士も呼び捨てするようになり、学級が荒れるという人もいるかもしれません。しかし、それならば呼び捨てが普通になっている組織は全てとうの昔に荒廃しているでしょう。呼び捨ての教師のクラスは一様に学級崩壊していたなどということも聞いたことがありません。

 

「~君」「~ちゃん」と呼ぶ先生に子供は親しみを覚えることでしょう。呼び捨ての先生に子供は距離感の近さと同時に畏怖心を、全員を「~さん」と呼ぶ先生に対しては落ち着きと少しの壁を感じることでしょう。結局はその先生のカラーでいいと思います。いろいろなカラーが混じり合って、学校はカラフルに色付きます。それが素敵な学校ではないでしょうか。