徐々に、徐々にではありますが、喧騒に満ちた私のクラスも、少しずつ落ち着きを見せ始めました。教師の話が入るようになってきました。
それは喜ばしいことです。ですが、そうなるとやはり気になるのは「あの子」です。
そう、一人飛びぬけて大変な「あの子」です。
その子だけ完全に別世界なんですよね。
例えばクラスの全員がノートに数字を書いている中、一人全く別のことをする。お絵描きをしたり、鉛筆で遊んだり。しかし声を書けても、その子はお絵描きをやめない。無理やり止めてもいいが、そこで起こるであろうパニックと比べたらと考えると、それ以上はこちらも何も言えない。
あるいは、クラスの全員が話し合いをしているとき。道徳で自分の意見を発表する中、その子もまた手を挙げる。指名をすると答えるのですが、その回答が全く文脈に合っていない。例えるなら、「大きなかぶはどうなったの?」と問いかけて「抜けた!」という返答を求めているのに、「ピラミッド!」(自分の好きなもの)と叫んでいる感じ。
今はまだ平仮名を書いたり、おはじきを並べたり、朝顔の種をまいたりといった、非常にシンプルなことしかしていません。ですがだんだんと話し合いをしていったり、グループごとの学校探検をしたりといった、応用的な授業が増えてきます。そのときどうするべと悩みます。
最近、インクルーシブ教育が話題です。しかし30人を教えながら、いつパニックを起こすか分からない一人をどう育てていくのかは非常に難しい問題です。「それでもやらなければいけない!!」と声高に主張される方々には、ぜひそのようなクラスで授業を立派にしていただきたいものです。でも、なんといっても「そこまでの仕事に見合った給料はもらっていないなあ。」と思ってしまいます。
話し合いのさなか、お絵描きをしているその子は何も困っていません。すこぶる楽しそうです。誰も迷惑をこうむっていないのであれば、その子の世界の中で好きなことをしていても、まあいっかと思ってしまう自分がいます。