先日届いた「授業力&学級経営力1月号」の中に、次の一節がありました。確かに!と膝を打ちました。山梨県小学校の佐藤丈先生の御指摘です。
“「ノートをとろうとしない」「ずっと机に突っ伏している」「グラウンドの隅に座り込み、いつまでも教室に戻ってこない」
このような子どもが無気力の状態に陥る例は今の学校において枚挙にいとまがありません。その背景は様々考えられますが、最近の傾向として1つあげるとすれば「負ける経験の不足」があげられそうです。“
筆者はその後、コロナ禍で人と関わることが減ったため、負ける経験、悔しさを乗り越える経験の不足を指摘しています。
小学校の教師ならば、上記の例は「あるある」ではないでしょうか。そして、そのような子が増えているようにも感じます。
ずーっと「なぜだろう?」と考えていたのですが、「負ける経験の不足」は思い至りませんでした。
筆者はコロナ禍を原因に挙げていらっしゃいますが、私としてはコロナがあろうとなかろうと、この傾向は止まらなかったと思います。コロナは傾向に拍車をかけただけです。
家庭や学校はもちろん、社会全体に「子供は弱いもの。大人がしっかりと守らなければ」という空気に包まれているような気がしてなりません。
「いじめ防止対策推進法」もその1つ。この法律により、いじめの定義が非常に拡大され、「嫌な思いをしたら全ていじめ」になっています。例えば彼女にふられたら、元彼氏は嫌な思いをするわけですから、彼女はいじめ加害者になるわけです。法に基づくのならば、学校はいじめ防止対策委員会を開き、本案件についての対応を話し合うわけです。
蝶よ花よと育てていくと、子供はどんどん弱くなっていってしまうのでは?と思います。弱いというのは、困難にあったときに挫けて立ち直れないという意味です。